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48歳男性15年の引きこもりから生還

2階の窓を開けると、高さ10メートルの防潮林をのみ込む津波が見え、瞬く間に自宅も襲われた。
岩手県野田村の海岸線近くに住む無職男性(48)は約15年間外出せず、引きこもっていた。
自宅ごと流され、一時は死を覚悟したが奇跡的に生還し「幸運だった」と喜びをしみじみと語った。

 男性は母親(72)と2人暮らし。勤めていた東京の会社が約15年前に倒産。
故郷の野田村に戻り、そのまま引きこもるようになった。

 「避難はおっくうだった」と男性。
11日の激しい揺れの直後「逃げなきゃだめだ」と、
何度も訴える母親の言葉を聞き入れなかった。(>>2->>5あたりに続きます)

ソース:スポニチ Sponichi Annex
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/17/kiji/K20110317000442390.html
画像:ビニールハウスの骨組みをつかんで津波から生還した岩手県野田村の男性
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/17/jpeg/G20110317000442370_view.jpg


母親だけが避難した直後、ドンという音とともに自宅は流された。
部屋の壁が崩れ、天井が落ちてきた。あっという間に胸まで水に漬かり、
屋根の梁(はり)に手を伸ばし必死に抱え込んだ。わずかな空間で呼吸し、屋根ごと1キロ近く流された。

 だが間もなく屋根は真っ二つに割れ、濁流の中に。
気が付くと下着ごとジャージーは脱げ、腰や脚は擦り傷だらけに。

 ようやくビニールハウスの骨組みをつかみ、引き波に耐え続けた。
どこにいるか分からなかったが、寒さに震えながら高台へ歩き、隣の久慈市の避難所に運ばれた。

 「息子はもう生きていないだろうと正直諦めていた」。
野田村の避難所にいた母親の元に3日後の14日、朗報が届いた。
再会し、母親は涙を流して男性を抱き寄せた。
「人とのコミュニケーションは苦手だが、避難所の生活はそんなに苦でない」と男性は話している。 (了)



おまいらから見ればおっさんかもしれんが、
まだまだ働ける壮年だし、これからぜんぜんスタートできる。

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